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見ているように書くということ

ただの独り言ですが。

私の小説の書き方は、おそらく大部分の人がそうだと思うんだけど、頭に浮かぶ映像をそのまま文章にしています。
なので、頭の中に一回映画のように映像ができて最初から最後まで流れないと怖くてかけないんです。
映像を見ているので書くのはそんなにむずかしくないんですが、文章と言うのはあまり同じ描写が続くときれいじゃないので、
どういうことかというと、キャラクターが一生懸命に走っているとき、
さいしょに「●●は懸命に走った」と書いて、二行ほどあいてから、また懸命に走っているときに、
「●●はやはり懸命に走った」とは書けないんですよ。
なのでそのときは、「●●は早く走ることだけを足に命じた」とかなんか、別の言葉で言うんですね。
映像では同じように懸命に走っているんですが。
それがけっこう面倒くさい。
だから語彙力というのは作家には重要だと思うんです。

で、「見ているように書く」ってことなんですが、先日ツイッターで回ってきた記事で、
脚本家・中島丈博が師匠の橋本忍のシナリオ極意「正確に書け」について、

「赤ん坊を背負った女が」ではなく「女が赤ん坊を背負って」と書く、と述べているんです。

つまりカメラの撮り方で、前者だと赤ん坊からカメラがはいって女に移動するんですが
女が主役の場合は「女が」でカメラが女、そして次に赤ん坊を背負った全身を撮るわけです。
カメラがどう動くか考えて書けってことなんですね。

で、私も頭の中のカメラのまんま書いていると言いましたが、
それはあくまでイメージなので、細部まで見えてないことがあるんですね。
最初に感じたまんま書いちゃうと絶対おかしい。そこに演出がはいらなきゃいけない。

今も書いていた小説で、「くるくると袂を翻しながら回る」って書いてしまって、
あれ、これわかりにくいな、と
「袂を翻しながらくるくると回る」に書き換えたんです。
イメージとしてくるくる回ってる姿が先にきちゃったんですが、
ちょっと冷静になって映像で考えると、袂が翻っているのが先の方がきれいですよね。

あと、ときどき会話が続くとカメラが寄りすぎちゃって、キャラの顔の描写しかしなくなるので
ときどきカメラを俯瞰に動かして変化をつけたりしなきゃいけないんですが
タイミングがなかなかむずかしいんですよね。




語彙力の話ですが
私の小説は読みやすすぎて、語彙力ない、とか燃費が悪いとか、頭が悪いとか言われますが
難しい言葉を二個使うより、簡単な言葉で10個言いかえる方がぜったい頭つかってますよね!!
     ↑
上記の批判は時々思い出してむかっとする(笑)。


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プロフィール

霜月りつ@文筆業

Author:霜月りつ@文筆業
白城るた・あるいは 真坂たま、白雪真朱と名乗ってBLやTLやファンタジーを書いてます。最近は霜月りつ名義で時代物も。
主に読書と映画と着物と同人の日々。独断に満ち満ちてマスので、ついてこれる人だけれっつごー。
メールはこちらから。



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