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ドラマ「重版出来」6話について

先週の話で脚本家がすごいなと思ったのは、ちゃんと安井に救いを描いているところ。
過去の挫折から雑誌をつぶさないことだけを第一に考え、漫画家は道具、使い捨てと割り切って仕事をしている安井。
その姿勢は漫画家にとっては残酷だし、人としてもどうかと思うが、彼なりに漫画を愛しているがゆえの態度だった。
原作漫画ではその安井の過去しか描かなかったが、ドラマではふたつの救いを見せた。

ひとつは編集長が「お前が数字をあげてくれるから俺たちは冒険できる」というセリフで、もうひとつは安井がずっと綴ってきたツイッターを読んでいた書店員が、「この人は漫画を愛している」と言ってくれたこと。

原作漫画にももちろん編集長のセリフがあるが、それはヒトコマだったし、軽く描かれていた。
そのヒトコマを脚本家はしっかりと相手の目を見て、重要なことだと思わせる演技で描いてくれた。
そしてツイッターという心の中、本音を吐露する道具を使って、安井の心を理解してくれる人を描いた。

果たして安井に救いは必要だったのかどうか。

原作漫画では安井の過去を描くことでなぜ彼がああなったのか、彼のような人間も必要なのだ、と描いてはいたが、安井は救われていない。
たぶん、脚本家には安井の気持ちがわかるのだ。
視聴率をとるためだけに望まないように筋書きを変えたこともあるだろう。
スポンサーの意向で話を変えたこともあるのだろう。
しかしそれもドラマが生き続けるためには必要なのだ。
脚本家はきっと安井の心に寄り添った。

だからこそのあのラストシーンになるのだと思う。

ただ、安井に関わりすぎたためか、東江の方がややおざなりになった感じ。

東江が安井に次の仕事を断るシーンまでの彼女の描きこみが足りず、ただたんに東江が編集の道具になりたくない、漫画を嫌いになりたくないという理由だけで断る感じになってしまった。
原作漫画の「努力を重ねてる人たちに恥ずかしくない自分でいたい」というセリフがなかった。
作者があれだけ大コマで描いたセリフを削ってしまった。

まあ確かにドラマの描き方ではあのセリフが出てくる描き方にはならなかったと思うんだけど。

脚本家の人はわざと漫画の大コマのセリフは使わないようにしているのかもしれない。
前の5話、4話でも、「あれ? どうしてあのセリフ使わないの?」ってところがあったから。


で、次の7話では中田に対しての沼田の感情が描かれると思うんだけど、楽しみにしているのは沼田が中田の漫画を読んで、原作漫画における「ひきずりこまれるような感覚」を映像でどう現すか。
あの漫画の紙面から腕が出てひきずりこむ表現は、実は私にも覚えがある。
しかし映像でそれをやると絶対ちゃちい。
どう演出するかが楽しみだ。

絶対やってほしくないのは、漫画を読んでいる沼田に風を当てて漫画の絵が彼の周りを猛スピードで襲い掛かるとか、小さくなって漫画のコマの中に入ってしまうとか、駒がこっちにむかってくるとか、そういうありきたりなのはやめてほしい。
特撮を使わないのならただ読んでいてネームを取り落とすくらいでいい。

さて、どう描かれるかが楽しみだ。

今回の話が載っている巻

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霜月りつ@文筆業

Author:霜月りつ@文筆業
白城るた・あるいは 真坂たま、白雪真朱と名乗ってBLやTLやファンタジーを書いてます。最近は霜月りつ名義で時代物も。
主に読書と映画と着物と同人の日々。独断に満ち満ちてマスので、ついてこれる人だけれっつごー。
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